福岡高等裁判所 昭和26年(ナ)22号 判決
原告 宮崎芳郎 外二九名
被告 佐賀県選挙管理委員会
一、主 文
昭和二十六年四月二十三日施行の唐津市議会議員選挙の効力に関する訴願人木村宇太郎外一名の訴願について、被告が同年八月二十九日になした裁決はこれを取消す。
訴訟費用中原告と被告との間に生じた分は被告の負担とし、参加によつて生じた分は補助参加人の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、主文第一項と同趣旨及び訴訟費用は被告の負担とするという判決を求め、その請求の原因として、
(一) 原告等はいづれも昭和二十六年四月二十三日施行された唐津市議会議員選挙(以下単に本件選挙と称するにおいて立候補し、選挙の結果当選人と決定され、現に同市議会議員の職にあるものである。
(二) 訴外木村宇太郎外十一名は同年五月四日唐津市選挙管理委員会(以下単に市委員会と称する)に対し本件選挙の効力に関する異議の申立をなし、市委員会は同月二十一日その異議を理由がないものとして異議却下の決定をしたが、右木村宇太郎外一名の異議申立人はこれを不服として同月二十四日被告に対し訴願を提起したところ、被告は同年八月二十九日市委員会の右決定を取消し、本件選挙を無効とする旨の裁決をし、同日これを告示した。
(三) 被告の右裁決の理由とするところは、
(1) 本件選挙において、不在者投票を処理した市委員会の係員は、臨時雇を合せて四名であつたが、その大部分は実際の経験がなく法的智識も乏しかつた事実。
(2) 不在者投票所が著しく狭隘であつたところに投票者が殺到し、これが整理困難で係員手不足のため一時呆然となり、処理適正を欠ぐに至つた事実。
(3) 市委員会は公職選挙法施行令(以下公職選挙法を単に法と称し、同法施行令を単に令と称する)第五十三条による不在者投票の投票用紙及び投票用封筒を交付する際、選挙人名簿又はその抄本との照合をなすことなく、投票所入場券によつて交付した事実。特にその場合四、五名分の入場券を一括提示して投票用紙等の請求をしたもの数名に対し、果してそれらのものが同居の親族なりや否やを調査せずして交付した事実。
(4) 不在者投票用紙の市長、市議会議員、県知事、県議会議員等各種選挙用のものを一括して交付するに際し、県知事及び県議会議員の候補者の氏名をそれぞれ一名宛投票用紙に記載したものを投票用封筒に入れて交付し、相手方より発見され取戻した上破棄した事実。
(5) 未使用投票用紙千七百九十七枚は、昭和二十六年五月十二日佐賀地方裁判所唐津支部判事の市委員会における検証(証拠保全)の際は全部破棄されていた事実。
(6) 不在者投票中、自署されなかつたものとして検挙され又は検察庁において取調中のもの百四十余件(投票にして百四十余枚)ある事実。
(7) 本件選挙における選挙会は法第七十九条によるもので、開票事務と選挙会事務を合せて行われたが、その立会人十名中一名は代人が出頭したため失格し九名であつたところ、いづれも法第八十条第二項により選挙長が投票点検の結果により各候補者の得票数の計算を終り朗読しない前に選挙会場を退場し、選挙録に自署し、且つ令第七十六条第一項にいう封印をなしたものが一名もない事実。そうしてこれら九名の立会人はその殆んど全部が退場に際し、自己の印顆を事務処理者に預けていた事実。
を認定した上、以上の事実は選挙の公正を欠ぐものであつて、それが選挙の結果に及ぼす影響は軽視できないから、本件選挙は無効であるというのである。
(四) しかしながら、
(1) 不在者投票事務を処理した係員中の主務者(県及び市関係各一名)はいづれも三十才以上の会社事務に経験のあるもので、専任として不在者投票事務を担当させるに当つては、事前に詳細な指導を受けさせその他の係員は市吏員として臨時雇の地位にあつたものをこれに当らせたのであつて、何等の違法不当とすべき事由もない。
(2) 不在者投票所は唐津市庁舎内の記者室及び市議会議長室等を使用して投票記載場所を設置し、投票上何等の支障も生じなかつた。著しく狭隘であるとか、投票者が殺到したとかいうのも要は程度の問題であるが、係員が呆然となり処理の適正を欠いだものとは認められず、少くも違法の処置はない。
(3) 不在者投票の投票用紙及び投票用封筒を選挙人名簿又はその抄本と対照しないで交付したのは事実であるが、選挙人名簿に基いて予め交付してあつた所定の入場券と引換に交付した上、その直後に右回収の入場券によつて選挙人名簿及びその抄本に不在者投票用紙交付の印を附して二重投票を防止したので、実質的には選挙人名簿又はその抄本と対照して交付したのと何等異るところはなく、実際上も一票の間違いも生じていない。又一名で四、五名分の入場券を提示して投票用紙の交付を求めたものに対しこれを交付したり、同居の親族であるか否かを調査しないで漫然と交付した事実はない。
(4) 不在者投票用紙の市長、市議会議員、県知事、県議会議員の分を同時に交付した際、県知事及び県議会議員候補者の氏名をそれぞれ一名宛記載した投票用紙が誤つて投票用封筒に入れてあつたのをその場で発見されたので、係員がこれを破棄した事実は争はないが、その投票用紙は正規の捺印のない無効の投票用紙で、これに誰かが戲書したのを誤つて封入していたことが判明した。しかし、それは知事及び県議会議員の選挙管理事務に関するものであつて、市長及び市議会議員選挙の投票用紙についてはかような過誤はない。
(5) 未使用投票用紙千七百九十七枚が昭和二十六年五月十二日佐賀地方裁判所唐津支部判事の検証の際全部破棄されていた事実はなく、現在まで確実に存在している。
(6) 不在者投票中、自署されなかつたものとして検挙され又は検察庁において取調中のものがあることは不明であるが、仮にそのようなことがあつたとしても、それは選挙の管理執行に関する違法ではない。
(7) 九名の立会人は、有効投票と無効投票の全部にわたつて点検し、選挙長が各候補者の得数票の計算を終つて当落が確定するまで、すなわち午後九時頃まで立会つていたのであつて、その後約三十分の間に選挙録が作成され、その選挙録には事実のままを記載されて誤はない。選挙録に立会人多数の自署が欠如していること及び立会人の多数が自己の印顆を事務処理者に預けて退場したことは事実であるが、各自己の確認した事実について捺印させるために印顆を預けたものであつて、自ら署名又は捺印しなかつたことは形式上違法であつても、既に行われた投票の結果はそのまま選挙録に記載され、投票は適法に分類して保存されているのであつて、実質的には何等の誤もない。
(五) これを要するに前項の(1)乃至(7)の事項中形式上違法とされ得る事項は(3)及び(7)の事項に過ぎない。しかも既に述べたとおりこれらの形式的違法があつても、実質上選挙の自由公正を害した事実がなく、選挙の結果に異同を及ぼす虞は全くない。従つて本件選挙を無効とした本件裁決は不当であるから、これが取消を求めるため本訴に及んだものである。
(六) なお被告主張の(二)及び(三)の各事実中、原告の前示主張にそわない点及び補助参加人主張の(一)の事実はいづれもこれを否認し、補助参加人主張の(二)及び(三)の事実については被告の主張に対し前記(四)の(7)において既に述べたとおりであるが、本訴は本件裁決を不当としてこれが取消を求める訴であるから、被告及び補助参加人の右主張事実中本件裁決に現れていない新な事実を本訴において主張することは許されない、と陳述し、被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするという判決を求め、答弁として、
(一) 原告等の主張事実中(一)乃至(三)の事実は認めるが(四)及び(五)の事実は否認する。
(二) 被告が本件選挙を無効と認めた事由は本件裁決に示したとおりであるが、その事由を補足し、且つ新な無効事由を追加すると次のとおりである。
(1) 投票所には、他人が選挙人の投票の記載を見ること又は投票用紙の交換その他の不正手段が用いられることがないように相当の設備をすべきものである(令第三十二条、第五十九条第四項)。しかるに本件選挙においては右規定に違反し、唐津市庁舎の階下市委員会事務室内の一部に設けられた不在投票所は自由に通行する余地もないほど甚しく狭隘で、投票記載場所は事務員の机から催かに一、二尺離れ、事務員等が投票の記載を窺い見ることを防止する何等の設備もなさず甚だ不完全で、投票の秘密を脅かし不正手段の介在する余地が多分にあつた。その後不在投票所は同市庁舎の階上別室に移転されてやや改善されたようではあるが、不在者投票管理者及び投票立会人の席も設けず、投票記載場所は数個並置されてその間に障壁がなく、投票の秘密を保持する設備は極めて不充分であつた。
(2) 選挙の当日自ら投票所に行つて投票することのできない選挙人は、当該市町村管理委員会の委員長に対しその旨を証明して不在者投票用紙及び投票用封筒の交付を請求すべきものである(令第五十条第一項、第五十三条第一項第一号)。しかるに本件選挙においては右規定に違反し、その交付請求者が選挙人本人であるか否かを充分に確めないで慢然これを交付したため、選挙人本人でないものに交付した事実がある。又疾病負傷等のため歩行が著しく困難な選挙人がその現在する場合において投標の記載をしようとする場合には、同居の親族によつて不在者投票用紙及び投票用封筒の交付を請求しなければならない(令第五十条第四項、第五十三条第一項第二号)。しかるに本件選挙においては右規定に違反し、その交付請求者が選挙人の同居の親族であるか否かを充分に確めないで漫然とこれを交付したため、一名の交付請求者が同時に数名の選挙人の同居親族と称して数名分、甚だしきは四、五名分の不在者投票用紙及び投票用封筒の交付を受けた事実があり、その事実からみて同居の親族と詐称するものに投票用紙及び投票用封筒を交付したことが明である。
(3) 不在者投票用紙及び投票用紙用封筒の交付を受けた選挙人が、その登録されている選挙人名簿の属する市町村において投票をしようとする場合には、選挙の期日の前日までにその投票用紙及び投票用封筒を不在者投票管理者であるその市町村の選挙管理委員会の委員長に呈示してその点検を受けた後、その管理する投票記載場所において投票の記載をし、これを投票用封筒に入れて封をし、投票用封筒の表面に署名して直ちにこれを不在者投票管理者に提出しなければならない(令第五十六条第一項)。しかるに本件選挙においては右規定に違反し、投票用紙及び投票用封筒を不在者投票管理者に呈示させて点検を行つた事実がなく、又投票を封入した投票用封筒を不在者投票管理者に提出することなく一事務員が預つて自己の机の抽斗内に入れ、当日の事務終了後随意にこれを整理しているのみならず、不在者投票管理者である市委員会の委員長は不在者投票所に時々顔を見せるだけで殆んど在席せず、投票の管理は事務員任せにして投票の秘密の公正の保持について責任を果していない。
(4) 令第五十六条第一項による不在者投票の場合には、不在者投票管理者は当該市町村の選挙人名簿に登録された者を立会はせなければならない(令第五十六条第二項)。しかるに本件選挙においては右規定に違反し、立会人を立会はせていない。もつとも或る場合には市委員会の事務員を形式上立会人にしたこともあるようであるが、投票の立会は選挙の秘密と公正を保障するための重要な制度であるから、選挙の管理事務を行う事務員に形式上の立会人を兼ねさせることは違法である。従つて仮にかような形式だけの立会人が指名されていたとしても立会人のなかつたことに帰着する。
(5) 不在者投票管理者は令第五十六条の規定による投票を受取つた場合には、投票用封筒の表面に投票の年月日及び場所を記載してこれに記名し、且つ投票立会人に署名させなければならない(令第六十条)。しかるに本件選挙においては右規定に違反し、令第五十六条の規定による不在者投票について右のような記載手続がなされていない。
(三) 前項に挙げたような理由によつて、本件選挙における不在者投票については、投票の秘密と公正を保障するため法及び令に定められた多くの制度は殆んど全部実施されていない。そうしてかように法的保障を欠いだ投票は不在者投票総数千三百九十五票の全部に及び、その内選挙管理の不完全に乗じて不正の不在者投票を行つたことが発覚し、起訴された案件は四十九件五十五名に達する。なお本件選挙における不在者投票数と選挙権者の数の比率を各投票区ごとに計算すると、各投票区間の比率の差が異常に甚だしく、第十投票区の如きは八・五%という常識を以て考えられない高率である。この事実は選挙管理の不完全に乗じて現実に不正の行はれたことを推測せしめる資料である。
そうして本件選挙の最下位当選者の得票数は三百七十九票、次点者の得票数は三百六十八票であるが、不在者投票総数千三百九十五票の内不正投票として無効と認めらるべきものを、仮に最少限度にみて、詐欺投票として起訴されている前記五十五名に限定し一名一票として五十五票としても、なお且つその当落に影響を及ぼす範囲は、得票数四百十票の当選者久我万吉より同三百六票の落選者辻清七に至る当選者十五名、落選者十三名合計二十八名の多数に及び、又これを別個の観点からみても、本件不在者投票総数千三百九十五票は投票総数二万六千百三十五票の大約五%に当るから、各候補者の得票数中五%は自由公正の法的保障のない投票である。これを八十四名の候補者各自の得票について計算すると、得票数三百八十一票の田中保一郎以下の当選者四名と得票数三百四十六票の吉島俊一以上の落選者四名、合計八名の候補者の当選に影響することになる。従つて本件不在者投票に関する選挙管理法令の違反は、本件選挙の全部について選挙の自由公正の保障を失はしめる結果となるから、本件選挙は無効であると述べ、補助参加訴訟代理人は被参加人である被告のため、
(一) 本件選挙について市委員会には投票用紙受払簿がないため、幾何の投票用紙を用意し、その内幾何を配布し使用したのか一切不明である。従つて開票立会人その他選挙事務担当者において正当になされた投票と未使用の投票用紙をすり換えて投票したり、選挙人以外の者が投票し、もしくは二重投票をする等不正投票が行はれることも可能であつて、これらの疑惑を解くことができない。この事実は選挙の管理執行上選挙の公正を欠き選挙の結果に影響を及ぼすものである。
(二) 本件選挙においては適法な選挙録が作成されていない。凡そ選挙に関し各候補者の得票数及び当落の決定を証明すべき唯一の証拠書類は選挙録である。かように重要な選挙録のない本件選挙は無効である。
(三) 本件選挙においては選挙立会人九名はいづれも、選挙長が投票の点検の結果により各候補者の得票数を計算し、その朗読を終る前に選挙会場を退場し、選挙録に署名し令第七十六条の封印をした立会人は一名もいない。この点においても本件選挙は無効である。
と述べた。(各立証省略)
三、理 由
原告主張の(一)乃至(三)の事実はいづれも当事者間に争がない。
被告及び補助参加人の主張する本件選挙の無効事由は、本件裁決に示された事実の外、これに現はれていない新な事実を含んでいる。原告はこの点について、本訴は本件裁決を不当としてこれが取消を求める訴であるから、本件裁決に現はれていない新な事実は本訴においてこれを主張することは許されないというのである。しかし本件裁決は選挙の効力に関する訴願について本件選挙を無効とする旨を裁決したものであるから、その裁決の取消を求める本訴は選挙訴訟に外ならない。凡そ選挙訴訟において訴訟の対象となる事項は、単に訴願において訴願人が主張し又は訴願裁決庁がその裁決において判断した事項に限定されるものではなく、いやしくも当該選挙の効力に関係のある事項はすべて選挙訴訟の対象となし得るものであつて、これを制限すべき理由はない。
そこで被告及び補助参加人の主張する選挙無効の各事由について順次検討する(以下原告の請求原因(三)の(1)以下に記載する本件裁決の無効事由を単に裁決事由(三)の(1)……と称し、被告の答弁事実(二)(1)の以下又は補助参加人の主張事実(一)以下に記載する補充追加された無効事由をそれぞれ単に被告追加事由(二)の(1)……又は補助参加人追加事由(一)……と称する)。
第一、裁決事由(三)の(1)について。
証人坂本又一(第一回)、瀬戸正(第一回)、本田芳徳、近藤隆、中島敏幸、阿河節子等の証言によると、市委員会において本件選挙に関する不在者投票事務を担当した係員は、被告主張のとおり選挙事務の経験がなく法律智識も乏しいものであつたことが認められる。しかし右係員等は旧制中等学校卒業程度の学力を有し、選挙事務に通ずる市委員会主任書記において予め詳細な事務上の指導をなし、且つ随時実務上の質疑にも応じていたことも前示各証拠によつて認められるのみならず、これらの係員に不在者投票事務を担当させたため特に投票事務の処理に適正を欠き選挙の自由公正を害した事実を認むべき証拠はない。従つて被告のこの点に関する主張は採用できない。
第二、裁決事由(三)の(2)及び被告追加事由(二)の(1)について。
検証の結果(受命判事による分)並に証人坂本又一(第一回)、瀬戸正(第一回)、本田芳徳及び阿河節子の各証言によると、市委員会における本件選挙の不在者投票所は、昭和二十六年四月三日より同月六日頃まで唐津市庁舎階下の当時の市委員会事務室内に設けられたが、その事務室は五坪足らずのところに中央に事務員九名の席があつて狭隘を極め、設備としては室の奥の一隅に高さ約三尺の書類箱一個を机代りに置いてこれを投票記載場所にあてただけで、事務員席と区画する障壁もなく、投票所として甚だ不完全であつたが、投票記載場所からもつとも近い事務員席まで三尺位隔り、事務員席を背にして一名宛壁に向つて記載するように設けられ、且つ当時は投票者も一日数名を出なかつたから混雑することはなかつたことが認められる。そうだとすれば設備は不完全とはいえ、選挙の秘密公正を保持し得ないほどではなかつたとみるのが相当である。又前示各証拠によると、同月七日頃同市庁舎二階の当時の市政記者室を明けてここに不在者投票所を移したのであるが、その室は前の投票所よりも相当余裕があり、事務員席の向側の壁によつて長机二個を並べこれを紙貼の衝立で三つに区画して三個の投票記載場所を設け、投票所としての設備に欠ぐるところはなく、投票者多数の場合は廊下で整理したので投票に支障をきたすこともなかつたことが認められる。証人中村伝七の証言中右認定に反する点は信用できない。従つてこの点に関する被告の主張も理由がない。
第三、裁決事由(三)の(3)(6)及び被告追加事由(二)の(2)について。
市委員会において本件選挙の不在者投票用紙及び投票用封筒を交付する際、選挙人名簿又はその抄本と対照せず、投票所入場券によつてこれを交付したことは当事者間に争がない。しかし証人本田芳徳、瀬戸正(第一、二回)、坂本又一(第一回)等の証言によると、右投票所入場券は市委員会において選挙人名簿に基き選挙人住所、氏名、生年月日、選挙人名簿の番号等を記入して作成し、各地区の事情にもつとも通ずる駐在員をして選挙人名簿の抄本と対照して、予め各選挙人に交付してあつたもので、不在者投票用紙及び投票用封筒を交付する際はその交付請求者にこの投票所入場券を提出させ、適宜の発問によつて請求者が選挙人又はその同居の親族であるか否かを確めた上投票用紙及び投票用封筒を交付し、且つその入場券は同じ月に行はれた他の各選挙にも共通であつたため、各選挙について同時に不在者投票をなしたときはそのままこれを回収し、そうでない場合は入場券の照会欄に照合印をして返還する等相当の措置がなされたことが認められる。従つて選挙人名簿又はその抄本と対照しないで投票用紙及び投票用封筒を交付したことは一応令第五十三条第一項に違反するけれども、選挙の公正を期する点において実質上右名簿又は抄本と対照して交付した場合と異るものとはいえないから、選挙の結果に異動をきたすことはない。もとより右のような措置がとられても、選挙人又はその同居の親族と詐称して投票用紙及び投票用封筒の交付を受け不正の投票をなすものを全く防止することはできないが、それは選挙人名簿と対照して交付した場合にも起り得ることで、たといかようなことがあつても、それはその投票の効力、従つて当選の効力に影響するだけで、実質上法令を遵守したと異らない相当の措置が、選挙の効力に消長をきたすものではない。
第四、裁決事由(三)の(4)について。
市委員会において不在者投票用紙及び投票用封筒を交付した際、その交付したもののうち、佐賀県知事選挙の候補者又は同県議会議員候補者の氏名を記載した投票用紙がそれぞれ一枚宛投票用封筒に入れられたもののあつたことは当事者間に争がない。しかしそれは本件選挙に関するものではなく、本件選挙はそれより数日前既に終了していたことは証人近藤隆、中村伝七等の証言によつて明であるから、被告のこの点に関する主張は採用できない。
第五、裁決事由(三)の(5)及び補助参加人追加事由(一)について。
被告の主張によると、昭和二十六年五月十二日佐賀地方裁判所唐津支部判事の検証(証拠保全)が市委員会で行はれた際、本件選挙に関する未使用投票用紙千七百九十七枚が全部破棄されていたというのである。そうして右検証について作成された成立に争のない乙第一号証の検証調書中には、投票用紙が破棄されたという記載はないが、検証の結果として未使用投票用紙は存在しなかつた旨の記載がある。しかし本訴において昭和二十六年十二月二十六日受命判事によつてなされた検証の結果によると、本件選挙の未使用投票用紙として未配付の分五十四枚、配付先の各投票所より使用残として返還された分千七百四十三枚合計千七百九十七枚をそれぞれ区分した上、市長選挙の未使用投票用紙とともに紙紐で一括して封印をしてハトロン紙に包装し、更にこれを投票箱に納めて施錠をして市委員会事務室に保管されていることが認められる。そうして証人坂本又一(第一回)及び瀬戸正(第一回)の各証言によると、右未使用投票用紙は佐賀地方裁判所唐津支部判事の前記検証の際も当時の市委員会事務室に保管されてあつたというのであつて、未使用投票用紙を何者かが破棄したり又は現存の未使用投票用紙が後日調製されたものであるというような証拠は全くない。仮に被告主張のとおり何者かが未使用投票用紙を破棄したとしても、ただそれだけでは種々の疑惑を生ずることは免れないが、選挙無効の事由とはならない。
次に補助参加人は、市委員会に投票用紙受払簿がないため幾何の投票用紙を用意しその内幾何を配付使用したかが一切不明で、不正投票の疑惑を解くことができないから選挙の結果に影響があると主張するのである。しかし投票用紙の印刷数その他の受払一切を記載した帳簿がなく、その出入の詳細が明確でないとしても(各投票所の投票用紙の受払数については、成立に争のない甲第三号証の一乃至十一の投票用紙等受払計算書がある)、これまたそれだけでは選挙無効の事由とならない。
第六、裁決事由(三)の(7)、補助参加人追加事由(二)及び(三)について。
被告及び補助参加人は、本件選挙会に出席した選挙立会人は選挙人が投票点検の結果により各候補者の得票数を計算し、これを朗読する前に全部選挙会場を退場し、右計算朗読の際は立会人は全然いなかつたと主張するけれども、かような事実を認むべき証拠はない。かえつて、成立に争のない甲第二号証の一、二、同第五号証、証人坂本又一(第一、二回)、秀島進、金納隆康、川原徳三郎、坂本健造、小野尾栄、吉田隆好、馬場正夫、渋谷巖等の各証言を綜合すると、本件選挙会においては法第七十九条によつて開票事務も併せて行われ、従つて開票管理者又は開票立会人は選挙長又は選挙立会人を以てこれに充てたのであるが(本件選挙長は市委員会委員長坂本又一)、出席した選挙立会人九名の内六名は選挙長が選挙会事務従事者をして各候補者の得票数を朗読させる前に選挙会場を退場したけれども、坂本健造、小野尾栄、渋谷巖等三名の選挙立会人は、選挙長が投票点検の結果により各候補者の得票数を計算し、これを選挙会事務従事者をして朗読させるまで立会つたことが認められる。従つて法第六十二条第十項、第七十六条に規定する最低限度の選挙立会人の立会の下になされた右得票数の朗読を終るまでの選挙会事務の執行は適法である。
次に前記各証拠によると、被告主張のとおり早期退場の立会人六名はもとより最後に退場した立会人三名も点検済の有効投票及び無効投票を入れた封筒に封印をせず、且つ選挙録にも署名しないで退場したので、選挙長坂本又一は自ら右封筒に封印し選挙録に署名契印した上、選挙立会人中退場に際し印章を預けた五名の立会人の印章を以て右封筒に封印し且つ選挙録に契印し、その翌日選挙録を選挙立会人九名に廻付した上その記名を得たことが認められる。しかし前示説明のとおり各候補者の得票数の計算及びその朗読までの選挙会事務は適法に行はれ、各候補者の得票数及び当落が既に決定した以上は、その後における投票済投票を入れた封筒の封印及び選挙録の作成に違法の点があつても、その違法は選挙の結果を左右するものではないから、被告及び補助参加人の主張はいづれも理由がない。
第七、被告追加事由(二)の(3)について。
被告は、本件不在者投票に際し不在者投票管理者は選挙人に投票用紙及び投票用封筒を呈示させてこれを点検せず、投票を封入した投票用封筒を不在者投票管理者に提出せず、又不在者投票管理者はその職務を事務員任せにして投票の秘密公正の保持についての責任を果していないと主張するけれども、そのような事実を認むるに足る証拠はない。もつとも証人本田芳徳、坂本又一(第二回)、瀬戸正(第一回)、阿河節子等の証言によると、法定の不在者投票管理者である市委員会委員長坂本又一は毎日のように市委員会に出席したが、他に本務もあつて常時不在者投票事務を管理することができなかつたので、本田芳徳を不在者投票管理者の職務管掌者に選任し、坂本に事故がある場合は本田においてその職務を管掌したこと及び不在者投票を封入した投票用封筒は職務管掌者である本田において一時自己の机の抽斗に入れて保管した上、退庁の際は市委員会事務室にある投票箱に入れて施錠をし、当該選挙人の属する投票区の投票管理者に送付するまでそのまま保管した事実を認めることができる。従つて被告の主張は採用できない。
第八、被告追加事由(二)の(4)について。
被告は、令第五十六条第一項による不在者投票に際し、市委員会の事務員を形式上立会人にしただけで適法の投票立会人を立会はせていないと主張するけれども、そのような事実を認むるに足る証拠はない。かえつて証人瀬戸正(第一回)の証言の一部と昭和二十七年六月十八日の本件検証の結果によると、市委員会においてなされた令第五十六条第一項の不在者投票は近藤隆を投票立会人として同人立会の上行はれたことが認められる。右証人瀬戸正の証言中には右認定にそわない点もあるが、それは同証人の他の部分の証言及び他の右証拠からみて言葉の誤りと認める。従つてこの点に関する被告の主張も理由がない。
第九、被告追加事由(二)の(5)について。
昭和二十七年六月十八日の本件検証の結果によると被告主張のとおり、令第五十六条の規定による本件不在者投票中には投票用封筒の裏面に投票の年月日、場所、不在者投票管理者及び投票立会人の氏名の記載のないもののあることが認められる。これらの記載は投票の公正を期することを目的とするものではあるが、証人本田芳徳、坂本又一(第二回)、瀬戸正(第一回)、阿河節子等の証言並に前示検証の結果を綜合すると、右不在者投票は不在者投票管理者坂本又一又はその職務管掌者本田芳徳の管理の上に投票立会人近藤隆を立会はせて公正に行はれたことがうかがわれるし、投票の公正を害した事実をうかごうべき証拠はない。従つて右の違法も選挙の結果に異動を及ぼすものとはいえない。
以上説明のとおり、被告等主張の選挙無効の事由はいづれもこれを認めることができない。従つて本件選挙を無効とすることはできないからこれに反する本件裁決は不当であつて、該裁決の取消を求める原告等の本訴請求は正当としてこれを認容しなければならない。
そこで訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小野謙次郎 竹下利之右衛門 中園原一)